造伊勢二所太神宮寶基本記(ぞういせにしょたいじんぐうほうきほんぎ)
一、天照太神を倭姫命に託す
原文
活目入彦五十狭茅天皇即位廿五年丙辰春三月丁亥朔丙申、離天照太神於豊耜姫命、託倭姫命。
訓読文
活目入彦五十狭茅天皇、即位二十五年丙辰春三月丁亥朔丙申、天照太神を豊耜姫命より離ち、倭姫命に託す。
現代語訳
活目入彦五十狭茅天皇、すなわち垂仁天皇の即位二十五年、丙辰の春三月、丁亥を朔とする丙申の日、天照太神を豊耜姫命から離し、倭姫命に託した。
二、倭姫命、鎮座の地を求める
原文
爰、倭姫命求鎮坐太神之處、而詣菟田篠幡。
訓読文
爰に、倭姫命、太神の鎮坐の処を求めて、菟田の篠幡に詣る。
現代語訳
そこで倭姫命は、太神の鎮座すべき場所を求めて、菟田の篠幡へ行った。
三、近江・美濃を経て伊勢に至る
原文
更還之。入近江國、東廻美濃、到伊勢國。
訓読文
更に還りて、近江国に入り、東に美濃を廻り、伊勢国に到る。
現代語訳
さらにそこから戻り、近江国に入り、東方の美濃を巡って、伊勢国に到った。
四、天照太神、伊勢を望む
原文
于時、天照太神誨倭姫命曰、
是神風伊勢國、即常世之浪重浪歸國也。
傍國可怜國也。欲居是國。
訓読文
時に、天照太神、倭姫命に誨へて曰く、
「この神風の伊勢国は、すなはち常世の浪、重浪の帰る国なり。
傍国の可怜し国なり。
この国に居らむと欲す」
と。
現代語訳
その時、天照太神は倭姫命に教えて言った。
「この神風の伊勢国は、常世の波が幾重にも帰り寄せる国である。
大和の傍らにある、美しい国である。
私はこの国に鎮まりたい」
と。
五、伊勢に祠を立て、斎宮を興す
原文
故隨太神教、其祠立於伊勢國。
因興立齋宮于五十鈴川上之側。是謂磯宮。
天照太神始自天降之處也。
訓読文
故に太神の教へに随ひ、その祠を伊勢国に立つ。
因りて斎宮を五十鈴川上の側に興し立つ。これを磯宮と謂ふ。
天照太神、始めて天より降りし処なり。
現代語訳
そこで太神の教えに従い、その祠を伊勢国に立てた。
そして五十鈴川上のほとりに斎宮を建てた。これを磯宮という。
ここは、天照太神が初めて天より降った場所である。
六、新嘗会の夜の託宣
原文
天皇即位廿六年丁巳冬十一月、新嘗會祭夜、神主部・物忌八十氏等詔、
吾今夜承太神之威命所託宣也。
訓読文
天皇即位二十六年丁巳冬十一月、新嘗会祭の夜、神主部・物忌八十氏等に詔して、
「吾、今夜、太神の威命の託宣する所を承るなり。
現代語訳
天皇即位二十六年丁巳の冬十一月、新嘗会の祭の夜、神主部・物忌八十氏らに詔して言った。
「私は今夜、太神の威ある命による託宣を承った。
七、神主部・物忌への戒め
原文
神主部・物忌等慎無懈、正明闇焉。
人乃天下之神物奈利。
須掌靜謐志。
心乃神明之主也利。
莫傷心神禮。
訓読文
神主部・物忌等、慎みて懈ること無く、正しく闇を明らかにせよ。
人はすなはち天下の神物なり。
須らく静謐を掌るべし。
心はすなはち神明の主なり。
心神の礼を傷つくること莫かれ。
現代語訳
神主部・物忌たちは、慎んで怠ることなく、正しく闇を明らかにしなさい。
人は、天下における神の物である。
静謐を掌らなければならない。
心は、神明の主である。
その心神の礼を傷つけてはならない。
八、祈祷と正直を根本とする
原文
神垂以祈禱爲先、冥加以正直爲本須。
任其本誓、皆令得大道者、天下和順、日月精明、風雨以時、國豊民安。
訓読文
神垂るるには祈祷をもって先となし、冥加には正直をもって本となすべし。
その本誓に任せて、皆、大道を得しめば、天下和順し、日月精明に、風雨時をもってし、国豊かに民安し。
現代語訳
神が垂迹するには祈祷を先とし、神の冥加を受けるには正直を根本としなければならない。
その本誓に従って、すべての人が大道を得るならば、天下は和らぎ順い、日月は明らかに輝き、風雨は時にかなって起こり、国は豊かになり、民は安らかになる。
九、神祇を崇め、朝廷のために祈る
原文
故神人守混沌之始、屏佛法之息、置高臺之上、崇祭神祇、住無貳之心、奉祈朝廷。
訓読文
故に神人は混沌の始めを守り、仏法の息を屏け、高台の上に置き、神祇を崇め祭り、無貳の心に住し、朝廷に祈り奉る。
現代語訳
だから神に仕える者は、混沌の始めを守り、仏法の息を退け、高台の上に置き、神祇を崇め祭り、二心なき心に住して、朝廷のために祈り奉る。
十、天地・日月の徳と国家泰平
原文
則天地與龍圖運長、日月與鳳曆德遙。
海内泰平、民間殷富。
訓読文
すなはち天地は龍図と運長く、日月は鳳暦と徳遙かなり。
海内泰平にして、民間殷富なり。
現代語訳
そうすれば、天地の運行は龍図のように長く続き、日月の徳は鳳暦のように遠く及ぶ。
国内は泰平となり、民間は豊かになる。
十一、神を祭る礼の根本
原文
各念、祭神禮、以清淨爲先、以眞信爲宗。
訓読文
各々念へ。
神を祭る礼は、清浄をもって先となし、真信をもって宗となす。
現代語訳
各々、心に念じなさい。
神を祭る礼は、清浄を第一とし、真実の信を根本とする。
十二、散斎・致斎の日の慎み
原文
散齋、致齋、内外潔齋之日、不樂不弔、不散失其心、致其精明之德。
訓読文
散斎・致斎、内外潔斎の日には、楽しまず、弔はず、その心を散失せず、その精明の徳を致す。
現代語訳
散斎・致斎、内外を潔斎する日には、遊楽せず、弔問せず、心を散らさず、その精明な徳を尽くす。
十三、潔斎中の禁忌と如在の礼
原文
左物不移右、兵戈无用、不聞二鞆音、口不言穢惡、目不見不淨、鎮專謹慎之誠、宜致如在之禮。
訓読文
左の物を右に移さず、兵戈を用ゐず、鞆音を聞かず、口に穢悪を言はず、目に不浄を見ず、専ら謹慎の誠を鎮め、よろしく如在の礼を致すべし。
現代語訳
左にある物を右へ移さず、武器を用いず、鞆の音を聞かず、口に穢れた悪しき言葉を発せず、目に不浄を見ず、ひたすら謹慎の誠を保ち、神がそこにいますかのような礼を尽くすべきである。
十四、日月と神明は見ている
原文
背法而不行、則日月照見給。
違文而不判、則神明記識給。
訓読文
法に背きて行はざれば、すなはち日月、照らし見給ふ。
文に違ひて判ぜざれば、すなはち神明、記し識り給ふ。
現代語訳
もし法に背いてこれを行わなければ、日月はその姿を照らし見ておられる。
もし文に違い、人が判断できない場合でも、神明はそれを記し、知っておられる。
十五、神代の人心
原文
忽而神代仁者、人心聖而常也。直而正也。
訓読文
忽ちにして神代にありし者は、人心、聖にして常なり。直にして正なり。
現代語訳
思えば、神代の人々は、心が清らかで常道にかなっていた。
まっすぐで正しかった。
十六、地神の末の世の人心
原文
地神之末、天下四國人夫等、其心神墨焉。
分有無之異名、心走使。無有安時、心藏傷。而神散去。神散則身喪。
訓読文
地神の末には、天下四国の人夫等、その心神、墨なり。
有無の異名を分かち、心、走り使ふ。
安き時あること無く、心蔵傷む。
而して神散り去る。
神散れば、すなはち身喪ぶ。
現代語訳
しかし地神の末の世になると、天下四方の人々の心神は、墨のように黒くなった。
有る・無いなどの区別や名目に心を走らせる。
安らかな時がなく、心の内は傷つく。
そうなると、神は散り去る。
神が散り去れば、身もまた滅びる。
十七、霊気と神明の光胤を尊ばない人間
原文
人受天地之靈氣、不貴靈氣之所化。
種神明之光胤、不信神明之禁令。
訓読文
人、天地の霊気を受けながら、霊気の化する所を貴ばず。
神明の光胤を種ゑながら、神明の禁令を信ぜず。
現代語訳
人は天地の霊気を受けているのに、その霊気が化したものを尊ばない。
神明の光の末裔でありながら、神明の禁令を信じない。
十八、生死の闇と根国・底国
原文
故沈生死長夜闇、吟根國底國。
訓読文
故に生死の長夜の闇に沈み、根国・底国に吟ふ。
現代語訳
そのため、生死の長い夜の闇に沈み、根国・底国で苦しみ嘆くことになる。
十九、西天の真人による教化
原文
因茲、奉代皇天西天眞人以苦心誨喩。
教令修善、隨器授法以来、太神歸本居、止託宣給倍利。
訓読文
これに因りて、皇天に代へ奉り、西天の真人、苦心をもって誨へ喩す。
教へて善を修めしめ、器に随ひて法を授けて以来、太神、本居に帰り、託宣を止め給へり。
現代語訳
そこで、皇天に代わって西天の真人が苦心して教え諭した。
善を修めるよう教え、人それぞれの器に応じて法を授けて以来、太神は本来の居所に帰り、託宣を止められた。
二十、真の託宣には霊験がある
原文
若應節自在告示、則開大明戸、無形顯音。
或小童女昇立茅葉上、須在驗言矣。
訓読文
もし節に応じて自在に告げ示す時は、すなはち大明戸を開き、形なくして音を顕す。
あるいは小童女、茅葉の上に昇り立つ。
須らく験言あるべし。
現代語訳
もし時節に応じて自在に告げ示すことがあるならば、大いなる明戸を開き、姿はなくとも音を顕す。
あるいは小童女が茅の葉の上に立つような霊験がある。
その場合には、必ず験のある言葉があるはずである。
二十一、狂言の類を信じてはならない
原文
猥莫信狂言類、從天地宮陰陽。
掌神木宜存自正。
是長生術不老藥也。
訓読文
猥りに狂言の類を信ずること莫かれ。
天地・宮・陰陽に従ひ、神木を掌り、よろしく自正を存すべし。
これ長生の術、不老の薬なり。
現代語訳
みだりに狂言の類を信じてはならない。
天地・宮・陰陽の理に従い、神木を掌り、自ら正しくあることを保つべきである。
これこそ長生の術であり、不老の薬である。
二十二、神主部・物忌は誠をもって斎み仕えよ
原文
神主部・物忌等、所託宣憑到其誠、終無欺貳齋仕、敬祭天神地祇矣。
訓読文
神主部・物忌等、託宣する所は、その誠に憑り到り、終に欺き貳つこと無く、斎み仕へ、天神地祇を敬ひ祭れ。
と。
現代語訳
神主部・物忌たちは、託宣とされるものについては、その誠に基づいているかを見極め、最後まで欺きや二心なく、斎み仕え、天神地祇を敬い祭るべきである」
と。
底本:『神道大系 論説編五 伊勢神道(上)』神道大系編纂会編、財団法人神道大系編纂会、平成5年7月30日発行
訓読文・現代語訳は筆者による。








