かつて元伊勢籠神社の宮司であった海部穀定氏は、その著書において、現人神としての女神・天照大神は、孝霊天皇の息女である倭迹々日百襲姫命に該当すると述べています。また「魏志倭人伝」に記される卑弥呼についても、倭迹々日百襲姫命に比定されると記しています。
　つまり、海部氏の理解によれば、「記紀」が神代の物語として描く天照大神とは、現実世界においては卑弥呼＝倭迹々日百襲姫命のことである、ということになります。
　「魏志倭人伝」には、女王・卑弥呼が登場する以前の時代に、倭国が乱れ、「相攻伐（互いに攻め合った）」と記されており、これがいわゆる倭国大乱の時代にあたります。その混乱が続いたのち、女王として擁立されたのが卑弥呼です。同書には「一女子を共に立て王とした」とあり、その即位が有力者たちの合意によって成立したものであることがうかがえます。

　倭迹々日百襲姫命の父とされるのは孝霊天皇です。この一族は孝昭天皇を祖とし、三輪山の神を宮中で祭っていたと、各種の縁起類は伝えています。三輪山の神とは、天照大神の和魂・荒魂に相当しますので、これを現世で火継し、大元神に対して祈りを捧げていたのが、倭国大乱以前の大王家（天皇家）であったと考えられます。
　倭迹々日百襲姫命は、倭国大乱ののち、女王として天照大神を火継した人物であったと想定されます。姫は倭国大乱の時、香川県の水主（みずし）神社の地へ逃れたと伝えられています。また、讃岐国一宮である田村神社では、倭迹々日百襲姫命はその後、大和国へ戻ったと伝わっています。

　現人神としての女神・天照大神は、讃岐国をはじめとする四国に縁を持つ神とされています。天照大神の異称は大日孁貴（おおひるめのむち）であり、この神名を御祭神として祀る神社も各地に存在します。
　四国の一国である阿波国に鎮座する天石門別八倉比売神社（あめのいわとわけやくらひめじんじゃ）では、大日霊貴を奉斎していますが、社名からみるとその祭神は八倉比売命に相当することになります。同社には興味深い伝承が残されており、社伝によれば、この地で天照大神の葬儀が行われたと伝えられています。
　天照大神は天岩戸に籠り、そこから大神を引き出したのは手力雄神であると「記紀」は伝えています。一方、忌部氏の系図には、八倉比売命が手力雄神と婚姻したと記されており、このことから、この説話は現実世界において両者の婚姻関係を象徴的に表したものと考えられます。

　『日本書紀』によると、倭迹々日百襲姫命は亡くなったのち、大市の箸墓に葬られたと記されています。これまでの一連の考察を踏まえますと、邪馬台国の女王・卑弥呼の墓は、この姫の墓に比定し得るという推測が成り立ちます。

　今回の瀬織津姫命物語は現人神としての女神、天照大神と邪馬台国の女王、卑弥呼の時代が舞台です。ご視聴いただけましたら幸いです。