海部氏勘注系図の解説4 中臣氏の祖、天児屋根命と天種子命


 十一世孫の彦湯支命と同世代に活躍する天日別命の親は天背男命(天手力雄)といいます。その兄弟には天児屋根命(あめのこやねのみこと)の母の許登能麻遅比売命(ことのまちひめのみこと)がいます。

 天児屋根命は中臣氏の祖として知られ、その父が今ひとつ定まらないのは前記しました。その候補の興台産霊命や天辞代命は神の依代の「こと」の意を内包する神でした。天児屋根命の祖を考えるには、もう一人の中臣氏の祖神として有名な建甕槌神から迫るのが良いと思われます。

 建甕槌神は「出雲の国譲り」の際に派遣される神なのは言うまでもないですが、その父はその名から明らかに「尾張氏」を暗示させる伊都之尾羽張(いつのおははりのかみ)といいます。建甕槌神は『三輪高宮氏系図』の建飯賀田須命(たけいいかたすのみこと)の一名として表れ、この命は尾張氏の系図でもある『海部氏勘注系図』に十二世孫(建飯片隅命)として記されます。その系譜を遡ると玉勝山背根子命(たまかつやましろねこのみこと)にたどり着きます。また玉勝山背根子命の同世代の若津保命も「一云、建甕槌命」だと有りますので、玉勝山背根子命と若津保命は近い関係と推測されます。

玉勝山背根子命(九世孫)―伊岐志饒穂命(十世孫)―阿多根命(十一世孫)―建飯片隅命(建甕槌神)(十二世孫)
若津保命(建甕槌神)(九世孫)

 玉勝山背根子命か若津保命が建甕槌神の原型だと思われ、それを祖神とする天児屋根命もまたこの系譜上にいると推測されます。玉勝山背根子命の子世代に当たる伊岐志饒穂命と類似する胆杵磯丹杵穂命(いきしにぎほのみこと)は饒速日尊の別名です。『海部氏勘注系図』にこの命の別伝を「倭得魂命之姉兒押穂耳命兒膽杵磯丹杵穗命」と残しますので、玉勝山背根子命は押穂耳命であるとも捉えられそうです。

日本得魂命―玉勝山背根子命(九世孫)―伊岐志饒穂命(饒速日尊)
姉    ―押穂耳命        ―膽杵磯丹杵穗命(饒速日尊)

 先ほどの想定に代入すれば、膽杵磯丹杵穗命が天押穂耳命の子とは萬幡千ヶ媛命の娘婿となるでしょう。また『伊福部臣古志系図』は五十研丹穂命(いきしにほのみこと)の父は大己貴命だと記します。これは大己貴神と高光日女命の構図と被ることに気づきます。

天押穂耳命(玉勝山背根子命、大己貴命)―萬幡千ヶ媛命
                      ||
                    膽杵磯丹杵穗命(饒速日尊)

大己貴神―高光日女命(天道姬命、高照光姫、祖母命也)
       ||
     宇麻志眞治命(十世孫:彦火明命、和加布都努志命)―天香語山命(十一世孫:鵜葺草葺不合尊)―天村雲命(十二世孫:神武)

 天児屋根命の母は許登能麻遅比売命で、その父は天背男命(天手力雄)です。天背男命(天手力雄)の子の天日鷲命は忌部氏の祖ですが、『古語拾遺』によれば、天津彦根命の子の天目一箇神は、筑紫国、伊勢国の忌部氏の祖であるといいます。また『海部氏勘注系図』には玉勝山背根子命も「亦云、天津彦根命」とあり九世孫で世代で揃う一連の人物は重なっていきます。

天背男命(天手力雄) (九世孫)―許登能麻遅比売命(十世孫)―天児屋根命(十一世孫: 天香語山命)―天忍雲根命(天村雲命)(十二世孫)―天種子命(十三世孫:母、阿俾良依姫)

 天児屋根命の別名は櫛眞乳魂命(くしまちちのみこと)といい、これは天香山神社(あまのかぐやまじんじゃ)の祭神で、この社は『延喜式』に天香山坐櫛真命神社(あまのかぐやまにますくしまのみことじんじゃ)とあり、天香山命(あめのかぐやまのみこと)と捉えられます。その子の天忍雲根命は「一名、天村雲命」と伝わります。これは「勘注系図」の十世孫を天火明命と置いた時の十一世孫、天香語山命、十二世孫、天村雲命と重なります。その次の世代の天種子命は『日本書紀』には所謂神武天皇の時に付き従った人物として描かれますので、この世代がその投影と思われます。

 纏めると中臣氏は「タニハ王朝」の裔で、天津彦根命(玉勝山代根古命)と、建甕槌命の後かその近親であると言えるでしょう。先ほどの和加布都努志命、高光日女命を祭る高野宮の別名は内神社でしたが、『出雲国風土記』には宇智社と載ります。佐太神社の境内摂社にも宇智(うち)社があり、一連の検討を繋ぐように天児屋根命を祭ります。また俗説に鹿島神宮の「鹿島」は、櫛真智命の「くしま」が転じたと有りますが、これらを鑑みれば、その蓋然性は高いと言えるのではないでしょうか。

 最後に『新撰姓氏録』に載る中臣氏を挙げておきます。摂津、河内、和泉国に天皃屋根命やその父という津速魂命の子孫として多数、載ります。その他に孝昭天皇の皇子の天足彦国押人命、饒速日命の末裔とも記されるのを見れば、考察の輪郭をより明確に見ることが可能となります。

右京 未定雑姓 中臣臣 天足彦国押人命七世孫着大使主之後也
右京神別 天神 中臣習宜朝臣 同神(著者注: 神饒速日命)孫味瓊杵田命之後也


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