【コラム】丹後国一宮・元伊勢籠神社宮司であった海部穀定氏の箴言と、邪馬台国の女王卑弥呼の陵墓。


 かつて丹後国一宮・元伊勢籠神社の宮司であった海部穀定氏は、日本の上代史における最重要点は邪馬台国の所在地にあり、それは近畿地方奈良県、すなわち大和国であると断言しています。
また、「卑弥呼女王は、崇神天皇の皇女・豊鋤入姫命、あるいは皇霊天皇の皇女・倭迹々日百襲姫命に比定できるのではないか」とも述べており、両説について「いずれも当を得ている」と評価しています。

 さらに、「倭迹々日百襲姫命に関しては、彼女の墓を築いたという記事が『日本書紀』に記載されており、これが卑弥呼の墓、すなわち箸墓古墳である」としています。
 氏は、「歴史学者の中には、卑弥呼を皇統の祖神とすることを避ける傾向があるが、それは史実に基づいたものではなく、感情的な忌避に過ぎない」とも指摘しています。

 これらの説の正否はともかくとして、丹後国一宮で八十代以上続く宮司家の発言には、耳を傾けるに値する重みがあるのではないでしょうか。
この地域から発信される上古史の論考も、もし上記の説と異なる立場を取るのであれば、「どのように異なるのか」を明確に反証するところから始めるのが望ましいと考えます。
 いずれにしても、丹波(タニハ)が上古、並びに古代史における最重要地域の一つであることは確かであり、地元から精度の高い情報が発信されることを期待します。

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