三月に人気YouTubeチャンネル、古代史の人気チャネル「地図をなぞって日本古代史を考える」の古荘さまにご招待いただいたのをきっかけに、YouTubeで「解説動画」を作り、動画では『海部氏勘注系図』を軸に説明しました。それは系図を使うと、系譜なので時系列で説明し易く、他の文献とも整合性がとれるからです。例えば皇孫、瓊々杵尊の天孫降臨というと、神代の時代と頭に浮かびますが、これは『勘注系図』では孝霊天皇の皇女倭迹々日百襲姫命の後の世代に記されます。籠神社の宮司であった、海部穀定(よしさだ)氏は、現人神としての天照大神は、倭迹迹日百襲姫命を亦名に持つ九世孫の日女命の、前世代以降にいると語っています。簡潔にいえば、「記紀」が女神として描いた、倭迹迹日百襲姫命が、現人神としての天照大神に該当すなら、その天孫はそれ以降の世代となるということです。
第七代孝霊天皇ー倭迹々日百襲姫命(第八代世代)→ 瓊々杵尊(天孫降臨)

『元初の最高神と大和朝廷の元始』 海部穀定 おうふうより

『日本書紀』では第八代天皇世代に当たる倭迹々日百襲姫命は第十代という崇神天皇紀に記され、その崇神天皇は、倭迹々日百襲姫命世代よりも二代降るので、崇神天皇紀は複数世代の事柄を纏めているとなり、天孫降臨世代も崇神天皇紀で語られる世代に含まれることになります。

この崇神天皇紀には出雲の神宝の献上事件が記されますが、この事について第八二代出雲国造であった千家尊統(たかむね)氏は、「『日本書紀』崇神天皇と垂仁天皇のときのこととされている神宝の献上や検校は、神話に特筆されているところの、大国主神の皇孫瓊瓊杵尊にたいする国譲りということと、相互に対応し相互に呼応する事項でなければならない」と、『勘注系図』の記載と合う発言をしています。由緒深い、複数の家から同意見がとれるのが大事だと考えています。


『出雲大社』 千家尊統 著 学生社より
【関連動画】